第2回 「ブタペストの生活(続編)」

第2回目である今回は、演奏会で感じた事、出来事等について書くつもりでしたが、ハンガリーでの生活、人々の様子についてもっと詳しく知りたいとの声が多くありましたので、もう少しこのテーマを続けて思いつくままに書いてみましょう。
私にとってのハンガリーとは、『様々な顔を持つ不思議な国』と言うのでしょうか。 留学前、私がこの国に対して勝手に抱いていた、ローマ帝国、トルコ、ドイツ、旧ソ連等から次々と支配を受け、重く苦しい時代を強いられた東欧の古都、そしてその街並みはもの悲しくも美しい・・・・・。というイメージは今や私の中では薄れかかっています。 目覚しく発展を続ける経済、東京やニューヨークも真っ青な大渋滞、けたたましく鳴り響くクラクション、きらびやかなネオン、週単位で増え続ける高層ビルや大ショッピングセンター、そしてそれらに心弾ませ新しい物に目を輝かせる人々。そんな中で生活をしていると、この国の持つ暗く悲しい歴史の事すらいつの間にか忘れてしまいそうになります。
しかし、前記の私のイメージを思い出し、はっとさせられる瞬間が、この街の幾つも持つ「顔」が、確かに有るのです。 昼間の喧騒が過ぎ去り、夕日が美しく自らの色で街を紅く染める時、誰も通らぬ狭く灰色の小路に迷い込んでしまった時、昔の美しい時間を思い出し、又涙を流しながら苦しく辛い日々を語る老婆と知り合った時、様々な瞬間にこの国の持つ歴史、どんなに時間が経とうとも、どんなに街が華やかに変化しようとも拭い去る事が出来ない重く強烈な「何か」を感じないわけにはいられません。
その「何か」とは、この国の人々にとっても言葉にする事が出来ない程の、深く重いものであり、ましてや1外国人である私がとやかく言える問題ではない事も分かりますが、この「何か」こそ私に『様々な顔を持つ不思議な国』というイメージを持たせた大きな理由であると思うのです。

余談ですが、ドイツはミュンヒェンに留学する私の親友夫妻がブダペストに遊びに来た際、この明るく開放的な街を歩きながらしきりに「南米の雰囲気と非常によく似ている。」と言っていたことも思い出しました。
ここに書ききれないほどの多くの顔を持つハンガリーはまさに「不思議な国」であり、私にとって多くの大事な事を教えてくれ、思い出させてくれる大切な国なのかもしれません。 それでは皆さん、次回の「ひとり言」をお楽しみに。 又遊びに来て下さいね。
今回の写真は、私の最も尊敬する師の一人であり、大事な友人でもあるピアニスト、エリック・ハイドシェックさんとの一枚です。後ろにドゥナウ川を挟んで王宮が見えます。


エリック・ハイドシェック