第7回 「オーケストラとの演奏会の準備」

先月、ブダペストで2つのピアノコンチェルトを2つのオーケストラと演奏する機会があった。
しかも、ひとつは忙しい勉強の合間を縫って、音楽への情熱を持ってひた向きに前もって決められている定期演奏会に向かって準備をする青少年アマチュア・オーケストラ、もうひとつは年間数十回もの定期演奏会が当たり前のプロ・オーケストラとの、その空気も感覚も大きく異なる音楽家集団との共演だった。

私は、短期間にこの2つのオーケストラと数回のリハーサルや本番を通して時間を共有するという経験を経て、改めて音楽の持つ力、偉大な作品を大勢の音楽家が一つになって演奏する事の素晴らしさ、尊さを強く感じた。
技術も経験もプロに比べて乏しい青少年オーケストラも、百戦錬磨のプロ集団も、音楽に向かい、心を一つにしてその作品と向き合う事自体は、全く同じなのだと当たり前の事ではあるけれど、ある種の感動すら覚えてしまった。

アマチュア・オーケストラとの共演は、私にとっては初めての事だった。
忙しい勉学の合間に夜遅く集まって練習をするのだから、彼らはプロ・オーケストラの演奏会への準備期間より遥かに多い練習をしなければならない。私が彼らと演奏したベートーヴェンの第一番の協奏曲は、彼らにとって初めて演奏する曲だったので、オーケストラだけの練習だけでも3ヶ月間したという。
ソリストの私が合流したのは演奏会の約3週間程前、という普通では考えられない早さで、しかも演奏会直前のゲネ・プロを入れると実に7~8回ものリハーサルを彼らとした事になる。
時にはパートごとの分奏でも、何度も繰り返し一緒に弾いて彼らの経験と理解の為に共に練習した。
こんな事は初めてであったし、普通では考えられない事ではあったけれども、演奏会本番での彼らの熱気溢れる演奏を聴いて、本当に報われた思いがしたし、本当に嬉しかった。 そして、ソリスト、指揮者を含めて沢山の音楽家が一つのラインに立って、素晴らしい作品に取り組み、その音楽を再現していく素晴らしさ、基本を改めて考え直す良い機会にもなったような気がする。

演奏を終えた彼らの充実感に満ちた笑顔は、プロの彼らとのそれと何も変わらない、真の音楽家のものだったように感じられ、本来音楽や素晴らしい芸術作品の前では、誰もが全く同じ立場であり、対等なのだという事も強く信じられた。

この貴重な体験とそこから得たものを、これからも決して忘れる事無く音楽と向き合っていけたら、それは音楽家として、演奏家として、最高の喜びを失う事が無いのだと思う。

共演するオーケストラの出す音、リズム、醸し出される空気は、その国や土地の風土の違いがそれぞれ有るように面白いほどに違う。それは、彼らを指導し音楽的にも導く責任のある指揮者によっても大きく影響されるだろう。 そして、団員ひとりひとりの音楽家としての能力的なものや作品への意識、センスも重要に関わってくる。

同じ曲を演奏するにしても、そのあまりの違いに驚かされた事も、これまでに多くあった。 しかし、その度に自分の信じる解釈、音での言語を通じて彼らとのコンタクトをはかり、お互いに歩み寄っていく、そしてそれが少しでも完全に一致し、共に作品に深く入り込んで行く事が出来る瞬間は、やはり最高に素晴らしい、幸せな時間である。

これからどんなオーケストラとそんな幸せな時間を共有出来るか、今からとても楽しみであり、わくわくと心が躍るのだ。

トーク7の1
ハンガリー国立リスト音楽院内の大ホールにて。ガール・タマーシュ指揮、ハンガ リー ・MAV(マーブ)交響楽団との演奏を終えて。
(ブラームス:ピアノ協奏曲第一番)


トーク7の2

ブダペストの22区役所内のコンサートホールにて演奏中のホルティ・ガーボル指揮、 ハンガリー・ブダフォク・モーツァルト青少年オーケストラと干野 宜大。(ベー トーヴェン: ピアノ協奏曲第一番)