第4回 「10月の4つのリサイタル&コンサートを終えて感じた事」

皆様、お元気でお過ごしですか? 『ひとり言』を楽しみにして下さっていた方々から次はいつなのか、更新が遅すぎる等々のお問い合わせ、お叱りを頂いて来ましたが、やっと第4回目を読んで頂ける日が来ました事を嬉しく思っております。長い間お待たせしてしまい本当に申し訳ありませんでした。
  さて、私は去る10月から11月に掛けて同じプログラムで3ヶ所、更に、親友でもある素晴らしいヴァイオリンニスト、権龍模氏とのトーク・ジョイント・コンサートなるものも初めてやらせて頂き、それを加えると4つの演奏会を終了しました。(この楽しく素晴らしい岐阜でのトーク・コンサートについては、後日又書かせて頂こうと思います。)

先ずは、ブダペストの会員制の音楽クラブである、ハンガリー・オーブダ文化センターホールのシーズンオープニングコンサートに招聘されてのリサイタル(コンサート事務所・MARSART主催)、そしてその後の、北海道砂川音楽協会主催の北海道奈井江文化ホール内"コンチェルトホール"でのリサイタルと、東京文化会館小ホールでの東京では初めての正式なデビューリサイタル(マネージメント;神原音楽事務所)を終えてから直ぐ岐阜へ。そして岐阜"コンチェルティーノ"でのトーク・ジョイント・コンサート。
 1994年の秋にブダペストに留学して以来、ヨーロッパでの演奏活動が中心になっていましたが、今回本当に久し振りに、実に6年振りに日本で演奏し沢山の色々な場所の人達と音楽を共有出来た事をとても嬉しく思っています。素晴らしい日本の聴衆と久し振りに向き合い、大変に幸せな時間を一緒に過ごす事が出来ました事から、是非今後も、もっともっと日本の聴衆の皆さんにも自分の音楽を、演奏を聴いて頂きたいと心から思いました。

今回一連のリサイタルを終えて一番強烈に感じた事は、『今回取り上げた作品の偉大さ、凄さ、素晴らしさ』でしょうか。これは充分に分かっていたつもりでしたし、だからこそ、今の自分が最も表れるであろう、真っ直ぐに向き合える作品として、自分にとってとても大切な久し振りの日本でのステージにこのプログラムを組んだのです。 しかしながら、それぞれの作品の持つ強大な力、存在の素晴らしさ、偉大さを1つ演奏会を重ねるごとにより強く、より深く理解して行くにつれ、これらの作品を演奏する喜び、幸せを改めて感じたのでした。これは非常に素晴らしい経験でした。
  どんなに華やかなヴィルトーゾ作品が寄ってたかっても敵わない高貴で深く優しい、そして巨大なこれらの作品は、何度弾いても、どれだけ演奏会で弾いてもその新鮮さ、感動が色褪せる事はありません。特に今回弾いたBeethoven、Schubert、Brahmsの事実上彼らにとって最後のピアノ作品は、聴き手は勿論の事、演奏する者の心を強烈に捉えて離しません。真の感動、生きている事への素直な喜びを無条件で気付かせてくれ、ただただその音楽に我が身を預ける事が出来るこれらの作品は、今までも、そしてこれからも永遠に人々の心を強く捉え励まし、時には癒して行く事でしょう。これは想像を絶する程の、本当に凄い事なのだと思います。

これらの作品は、人類の生み出した、名誉欲や虚栄心に満ちた複雑な社会とは全く別の次元に存在する、真の心の言葉、心のうつろい、又は心の叫びそのものの集大成なのだと確信します。それは、人間が生物学的に突然違う動物に突然変異しない限り、そしてどんなに時代が流れ生活環境が激変しようとも、変わらず人間の心を強く深く捉え、無条件でその調べに誘ってくれるのだと思います。 次回はもう少し踏み込んで、彼らの音楽について私が普段感じている事、又、今回の一連のリサイタルを通して思いを強めた点を書いてみます。


コンサート